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土浦簡易裁判所 昭和37年(ろ)125号 判決 1963年2月25日

被告人 箭内利市

大一一・七・二三生 自動車運転者

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は「被告人は昭和三七年九月一三日午後四時四〇分頃福島県双葉郡富岡町大字本岡字前谷地地内道路において、運転の妨げとなるようなサンダルをはいて普通自動車を運転したものである。」というのである。

被告人の当公判廷における供述及び司法警察員作成の犯罪事実現認報告書によれば、被告人は肩書住居のあかね輸機製作所に勤務し、昭和三五年一一月東京都公安委員会より普通自動車の運転免許を受けた後は同製作所の事務を担当するかたわら、自動車で資材の運搬等をしているものであり、昭和三七年九月一三日同製作所の用務で山形まで自動車でいくことになつたが、日頃運転の際にはサンダルをはくことが多く、この日も何時もの例によりサンダルをはいて普通自動車(茨五―す七、三三四)に乗車し、前記勤務先より山形に向け出発したが、途中福島県においては、同県道路交通規則第一一条第三号により運転の妨げになるようなサンダルをはいて自動車又は原動機付自転車(以下単に自動車等という。)を運転することが禁止されているのに、そのまゝ同県内に入り前記公訴事実要旨記載の行為に及んだものであることが認められ、又裁判所の検証の結果によれば、本件の際被告のはいていたサンダルは通常の靴等にくらべて足部より離脱し易く、福島県道路交通規則第一一条第三号にいう「運転の妨げになる・・・・・サンダル」に該当することが認められる。

ところで被告人の当公判廷における供述によれば、被告人は福島県下において自動車等の運転をしたのは本件が最初であり、被告人の住居及び勤務先の所在する茨城県並びに運転免許を受けた東京都においては、サンダルをはいて自動車等を運転することが何等禁止されていない(道路交通法第七一条第七号に基づき公安委員会が定めるべき運転者の遵守事項について定められている茨城県道路交通規則並びに東京都道路交通規則中にはいずれも福島県道路交通規則第一一条第三号に相応する規定がない。)こともあつて、福島県においてそれが禁止されていることに少しも気付かず、当然それが許されているものと誤信し、本件に至つたものであることが認められ、この認定に反する証拠は何ら存しない。

そこで本件においては、被告人は福島県においてサンダルをはいて自動車等を運転することが違法である点について認識を欠いていた訳であるが、かかる場合においても被告人に対し故意の成立を認めるべきであろうが、この問題に関しては刑法第三八条第三項の解釈と関連して争いのあるところであるが、同条項の文理から直ちにすべての場合に故意の成立に違法性の認識が不要であると解することはできない。本来一定の行為が犯罪として処罰に値するのは、それが反社会的性格を有しているが故であり、その行為自体からすでに反社会性が窺えるようなものについては、行為者において更にそれが法によつて処罰されるものであることを認識するまでもなく、故意の成立を認めて差支えないと言うべきであるが、その行為自体は社会倫理的意味において無色であつて、それが刑罰法規で禁じられたことにより、法規違反としてはじめて反社会性を取得するようなものについては、行為者においてそれが法によつて処罰されるものであることを認識していない以上故意の成立がないものと言わなければならない。以上の解釈に基づいて以下考察すると自動車を運転する者が、運転に関する或る事項を、それが法によつて禁止されていることを知らずに行つた場合、その者に故意ありと言うべきか否かは、その当該禁止事項の内容・性質によつておのずから異つてくるものであり、まず当該禁止事項の内容・性質からみてそれが運転者として当然守らねばならないことであり、運転者一般に対しその禁止規定を俟つまでもなく、その行為に出ないことが期待されるような場合にあつては、運転者がかかる行為を為すことの認識を有する以上、故意の成立要件に欠けるところはなく、更に進んでこれが法によつて禁じられているということの認識までは不要というべきである。これに反しその禁止事項の内容・性質からみてそれが禁止されていることが、運転者として意外のことであり、運転者一般に対し、それが法によつて禁止されているということを承知していない限り、特に当該禁止行為に出ないことが期待できないような場合にあつては、かかる行為を為すことの認識があるだけでは、行為者に故意があるものとは言えず、その者に故意ありとするためには、更にそれが法によつて禁止されているということの認識を有していることが必要というべきである。

これを本件についてみるとサンダルをはいて自動車等を運転することは、サンダルが比較的足部より離脱し易い構造を有する点からみて、他の履物例えば靴などをはいて運転する場合にくらべれば、やゝ安定性を欠きそれ自体決して望ましいこととは言えないのであるが、さりとてそのサンダルの構造が特殊であるため(例えば木製で足底部が極端に高くなつている等)それをはくことが著しく自動車等の運転操作に不適当な場合は別として、通常サンダルをはいて自動車等を運転することそれ自体としては、運転者一般に対し禁止規定を俟つまでもなくそれを避止することを期待し得る程度にまで達した行為とは考えられない。そして裁判所の検証の結果によれば、本件のサンダルは主としてビニール製であつて、足部に接着する足台の部分は長さ二四・五糎、巾八・五糎、厚さ、つま先の部分一・七糎、踵の部分三・一糎の足型を呈し、その裏底部分はゴムバリであつて、滑り止めの目的で波状の凹凸を施してあり、又サンダルのバンドの部分は帯状のビニール二枚をアーチ状にわたしその交叉部分を止めてあることが認められ以上の形状よりみてこれが前記の特殊例外の場合に当るような著しく自動車等の運転操作に不適当なものとも認められない。

そうだとすれば、被告人が福島県においてサンダルをはいて自動車等を運転することが違法とされている点につき認識を有しなかつたこと前記認定のとおりであるから、結局本件においては、被告人に故意がなかつたものという外なく従つて被告人の本件行為は犯罪とならないものと言うべきである。

以上のとおりであるから被告人に対しては刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡しをすることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 長崎裕次)

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